般若の面の意味とは?嫉妬と悲しみの表情と、生成から真蛇までの段階の写真

般若の面の意味とは?嫉妬と悲しみの表情と、生成から真蛇までの段階

般若の面が表しているのは、嫉妬や恨みのあまり鬼になった女性の怒りと、その奥に残る悲しみです。能では『葵上(あおいのうえ)』『道成寺(どうじょうじ)』『黒塚(くろづか)』などで、鬼女となった役がこの面を着けます。

怖い顔の代表のように扱われる面ですが、よく見ると、激しく怒っているのは顔の下半分です。眉のあたりには、泣き出しそうな表情が彫られています。この上下のずれに気づくと、般若の面はただの恐ろしい顔には見えなくなります。

では、同じ鬼女の面なのに、角の小さいものや口が大きく裂けたものがあるのはなぜでしょうか。能では、怒りの深さに応じて面の名前そのものを変えています。

般若の面が表す感情は、嫉妬と悲しみ

国立劇場の解説では、般若は嫉妬による怒りや悲しみで女性が鬼になった役に用いる面で、使う演目は限られているとあります。怒りだけでなく悲しみが並べて書かれている点に、この面の性格がよく出ています。

代表的な演目の『葵上』では、光源氏の愛を失った六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)が、正妻の葵上を恨んで生霊となり、やがて鬼女の姿で現れます。文化遺産オンラインの解説は、般若の八の字の眉に、激しい恨みの奥に秘めた高貴な女性の深い孤独と悲しみ、苦しみを見ています。能の解説サイトも、般若は恐ろしいだけでなく人間の悲しみの深さを残した面だと説明しています。

つまり般若は、怒り狂う鬼を描いた面ではありません。人を恨まずにいられなくなった女性の、苦しみごと彫り出した面です。

般若の目元(左)と口元(右)般若の目元(左)と口元(右)
般若の目元(左)と口元(右)。眉は悲しげに寄り、口は耳元まで裂けています。

角、目、口元の読み方

般若の面を見分ける手がかりは、角と目と口の三つです。

  • 角:額の左右に、金色の角が二本生えています。
  • 目:眼は金属で覆われ、金色に光ります。能面では、嫉妬に苦しむ女性の面である泥眼(でいがん)にも、目と歯に金泥が入っています。
  • 口:口角が耳の近くまで大きく裂け、歯と牙を見せています。

この三つだけを見ると、完全に鬼の顔です。ところが眉と目元に視線を移すと、眉根を寄せた悲しげな表情が現れます。般若の面は、上半分が悲しみ、下半分が怒りという二つの表情を一つの顔に持っています。

能面は、面の角度で表情が変わるように作られています。顔をやや上に向けることを「テラス」、下に向けることを「クモラス」と呼びます。般若を着けた役者がうつむくと目元の悲しみが強く出て、顔を上げると裂けた口が前に出てきます。同じ面が、舞台の上では泣き顔にも怒り顔にもなるわけです。

生成、般若、真蛇という怒りの段階

嫉妬で鬼になっていく女性の面は、般若だけではありません。鬼に近づく度合いによって、いくつかの面が使い分けられています。

面 状態 主な演目
泥眼(でいがん) 嫉妬を抑えようとする表情。目と歯に金泥が入る 『葵上』『海人』『砧』など
生成(なまなり) 角が少し生え、髪が乱れる。魔性がまだ熟しきっていない 『鉄輪(かなわ)』の後シテ
般若(はんにゃ) 二本の角と大きく裂けた口。完全な鬼女。中成(ちゅうなり)とも 『葵上』『道成寺』『黒塚』
真蛇(しんじゃ) 般若の表現をさらに激しくし、蛇に成りきった面。本成(ほんなり)とも 『道成寺』など

生成は、般若の手前の段階です。角はまだ小さく、夫への未練が残る心の状態を表すという解説があります。『鉄輪』では、新しい妻を迎えた夫を恨む女性が、この面で鬼の姿になって現れます。

生成を基準にすると、般若は「中成」、真蛇は「本成」にあたります。真蛇になると女性らしさはほとんど消え、人ではなく蛇そのものの顔になります。怒りが深くなるほど人の顔から遠ざかっていく、という順番で並んでいるわけです。

この段階は、一つの曲の中で進むこともあります。『葵上』では、前半に現れる御息所の生霊が泥眼を着け、後半に鬼女となって現れるときには般若に掛け替えます。観客は、同じ人物が嫉妬を抑えていた顔から鬼の顔へ変わるところを、面の取り替えで見ることになります。

肌の色の違う二つの般若肌の色の違う二つの般若
肌の色の違う二つの般若。白い肌の般若(左)と、肌に色を差した般若(右)。

白般若、赤般若、黒般若の違い

般若の面は、肌の色によっても呼び分けられます。色の違いは、その役の身分や性格の違いです。

色 使われる役 特徴
白般若 『葵上』の六条御息所 白い肌で、凄まじさの中に気品がある
赤般若 『道成寺』の、恋の執念から蛇になった娘など 獣に近い要素を含む役に使う
黒般若 『黒塚』の、奥州の山里に住む鬼女 より獣に近い表情

『葵上』『黒塚』『道成寺』の三曲は、後シテが鬼女であることから「三鬼女(さんきじょ)」と呼ばれます。高貴な身分の御息所には白、山奥に住む鬼には黒、激情のあまり蛇になった女性には赤、という割り当てです。ただし、『黒塚』に赤般若を使うと書く資料もあり、流儀や演者によって選び方は違います。

『紅葉狩(もみじがり)』でも般若が使われることがありますが、この曲の後シテはもともと鬼女ではないので、三鬼女には数えません。

般若という名前の由来と、般若心経との関係

「般若」という名前の由来には、二つの説があります。一つは、室町時代の面打ち(面を彫る職人)の般若坊が作り始めたからという説です。もう一つは、『葵上』で怨霊が祈りの声を「般若声」と口にする台詞から、この役が着ける面を般若と呼ぶようになったという説です。

仏教の言葉としての「般若」は、梵語プラジュニャーを漢字で写した語で、悟りを得るための智慧を意味します。般若心経の「般若」も同じ言葉です。面の名前と経典の名前は同じ字を使っていますが、般若の面が智慧を表しているわけではありません。名前が経典とつながるとすれば、それは『葵上』の祈りの場面を通してです。

木彫りに彩色した般若の面
木彫りに彩色した般若の面。

般若の面を魔除けとして飾る習慣

能舞台の般若は、あくまで役の面です。一方で、家に飾る般若の面には、別の意味が与えられてきました。

島根県では、石見神楽で使う般若や天狗などの面を玄関に飾る家が多くあります。島根県古代文化センターの学芸員は、魔除けや守り神のような意味で面を飾る風習があり、神楽の面を玄関に飾るのは島根県独自だろうと話しています。神楽面の職人は、般若の面は悪い気を家に入れないためのもので、家を守る鬼瓦のような役割だと説明しています。同じ職人によれば、この風習が県内に根付いたのは、戦後の高度経済成長期に家が多く建ってからです。

家に飾るなら、玄関や部屋の入り口を向く位置で、見上げる高さに掛けると表情が引き締まって見えます。木彫りの面は、直射日光と湿気を避けてください。能面は、着けて鏡の前で顔を上げ下げすると、同じ面の表情が変わって見えるのを自分の目で確かめられます。京島の店でも能面を扱っていて、店頭の面はすべて試着できます。

よくある質問

般若の面は男性ですか、女性ですか?

女性です。嫉妬や恨みによって鬼になった女性の役に使います。資料によって、女面の仲間として扱うものと、怨霊の面として別に分けるものがあります。

般若と鬼の面は何が違いますか?

般若はもとは人間の女性で、感情のために鬼になった姿です。能には、人に危害を加える鬼そのものを表す顰(しかみ)のような鬼神の面が別にあり、『土蜘蛛』『紅葉狩』『大江山』などで使われます。

般若の面を家に飾るのは縁起が悪いですか?

島根県のように、般若の面を魔除けとして玄関に飾る習慣がある地域もあります。怖い顔だから縁起が悪い、という決まりはありません。

真蛇と般若はどう見分けますか?

真蛇は般若より口が大きく裂け、女性らしい顔立ちがほとんど残っていません。般若の眉や目元に見える悲しみが、真蛇ではほぼ消えています。

般若の面は「6段階」あると聞きましたが本当ですか?

能で女性の怨霊に使う面を、怒りの浅い順に並べると、泥眼(でいがん)、生成(なまなり)、般若、真蛇(しんじゃ)になります。泥眼は『葵上』の前半などで、鬼になる前の執心を表す面です。これに橋姫や蛇(じゃ)を加えて6段階と数える解説もありますが、流派や資料によって数え方が違い、決まった分類ではありません。この記事では、面の名前として広く使われる生成、般若、真蛇の3つで説明しています。

般若のお面を買うとき、値段の目安はありますか?

木彫りの能面と、樹脂や張り子の写しでは、値段の桁が違います。何で値段が決まるかは「能面の値段と相場」の記事にまとめています。飾るための一面なら、裏側の仕上げより表の彩色と表情を見て選ぶのが近道です。

仮面屋おもての店内

仮面屋おもてで実物を見る

能面・狂言面は店頭での販売とお取り寄せを行っています。詳しくは能面・狂言面の販売・お取り寄せをご覧ください。店頭の面はすべて試着でき、着けたまま写真を撮っていただいても構いません。

  • 場所 東京都墨田区京島3-20-5(キラキラ橘商店街)/京成曳舟駅から徒歩(道順)
  • 営業 土日のみ 13:00〜18:00
  • 通販 遠方の方は国内向けオンラインストアから

参考にした資料