般若の刺青の意味とは?能面から図案になった由来と、色や構図の読み方の写真

般若の刺青の意味とは?能面から図案になった由来と、色や構図の読み方

般若の刺青の意味を先に言うと、嫉妬と恨みで鬼になった女性の顔を彫ることで、自分の中の激しい感情と、それを抑える戒めの両方を背負う図案です。恐ろしい顔が邪気を払うという魔除けの読み方も、彫師の説明に共通して出てきます。能面としての般若の意味は別記事「般若の面の意味とは?」に任せ、ここでは図案になってからの由来と読み方に絞ります。

般若は、和彫りの図案の中では珍しく、江戸の彫物の題材として名前が残っています。近年広まった図案ではなく、江戸の昔から彫られ続けてきた顔です。それだけ長く選ばれてきた理由を、能面の表情、江戸の流行、色の使い分け、組み合わせる図案の順に追っていきます。

般若の面の目元の拡大
般若の目元の拡大。角と牙は怒りを表し、寄せた眉と伏せ気味の目には悲しみが残っています。刺青の図案もこの二つの表情を受け継いでいます。

般若の図案が表すのは、鬼ではなく「鬼になった女性」

般若は能面の名前で、嫉妬による怒りと悲しみで女性が鬼になった役に使います。金色の二本の角、金属を貼って光る目、大きく裂けた口が特徴で、『葵上』『黒塚』『道成寺』の演目で用いられます。東京国立博物館所蔵の般若の解説は、八の字に下がった眉が、激しい怒りの奥にある高貴な女性の孤独と悲しみを表すと説明しています。

この「怒りと悲しみが一つの顔にある」点が、図案としての般若を鬼の面と分けます。鬼の面は怒りだけの顔です。般若は、正面から見れば怒り、少しうつむければ泣いているように見える面として作られています。当店でも能面は店頭で試着できるので、鏡の前で面をうつむけたり起こしたりして、この表情の変化を自分の顔で確かめられます。

名前の由来は、室町時代の面打ち般若坊が始めたと伝えられています。般若という語そのものは仏教の「仏の智慧」を指し、鬼とは関係がありません。刺青の図案の説明で「般若には知恵の意味もある」と書かれるのは、この語源を引いたものです。

能の舞台から江戸の彫物へ

江戸の彫物は、文化年間に全身へ多色の絵柄を入れる形が定着し、町火消や鳶、車引きの間で流行しました。1827年に歌川国芳の『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』が出ると、豪傑の全身彫りが大評判になり、その後の図案の手本になりました。題材は水滸伝の豪傑、歌舞伎や講談の英雄、神仏が中心で、般若、髑髏、生首、卒塔婆のような恐ろしい図柄も好まれたと記録されています。

般若がこの一覧に入っているのは、能や歌舞伎の鬼女の役が浮世絵に描かれ、町人の目に触れていたからです。舞台の面がそのまま体に移ったというより、浮世絵に描かれた鬼女の顔が彫物の手本になった、というのが海外の彫師の説明です。明治5年(1872年)に彫師と客の双方が規制され、1948年に軽犯罪法の施行で禁止が外れるまで、彫物は人目を避ける文化になりましたが、般若はその間も図案として残り、戦後の和彫りの定番に戻りました。

魔除けと戒め。般若を彫る理由として語られてきたもの

彫師の説明に共通するのは、三つの読み方です。

  • 魔除け、厄除け:恐ろしい顔が邪気を払うという読み方です。鬼瓦が屋根で魔を睨むのと同じ理屈で、般若はすでに鬼であるがゆえに他の悪いものを退ける、と説明されます。島根県の石見地方には神楽の般若や天狗の面を玄関に飾って家の守りにする習慣があり、面を守りにする感覚は刺青に限ったものではありません
  • 自分の二面性:般若は人の顔が鬼に変わる途中の顔です。自分の中にある激しさと、それを抑える理性の両方を一つの図案で表す、という読み方です
  • 戒め:嫉妬や怒りに身を任せた末の姿を体に刻み、そうならないための鏡にする読み方です

どれが正しいという話ではなく、三つとも能面の般若が持つ「怒りと悲しみの同居」から引き出されています。縁起が悪いという言い方は、嫉妬の鬼という一面だけを見た読み方です。能の般若が本来、悲しみを抱えた高貴な女性の顔であることを知ると、図案の受け止め方が変わります。

白い肌の般若(左)と赤い肌の般若(右)白い肌の般若(左)と赤い肌の般若(右)
白い肌の般若(左)と、赤い肌の般若(右)。刺青の白般若・赤般若は、能面のこの肌色の違いをそのまま図案に写したものです。

白般若、赤般若、黒般若。色の読み方

色の読み方は、能での使い分けがそのまま図案に引き継がれています。能では、鬼女を主役とする三つの演目を三鬼女と呼び、役の身分と性質に合わせて面の色を変えます。

色 能での使い分け 図案での読み方
白般若 『葵上』。高貴な六条御息所の生霊。位が高く、白系に彩色する 気品のある嫉妬。人間の側にまだ残っている般若
赤般若 『道成寺』。裏切られた激情で蛇体に変じた女。赤系に彩色する 激情、怒りの盛り。和彫りで最も多く彫られる色
黒般若 『黒塚』。陸奥の山中で旅人を襲う鬼女。黒系に彩色する 人間の側をほぼ離れた鬼。暗い色ほど鬼に近い

色のほかに、鬼になる段階で描き分ける方法もあります。彫師の説明では、角が出かけた生成(なまなり)、角と牙がそろった中成(ちゅうなり)、完全に鬼になった本成(ほんなり)の三段階で、中成が一般に般若と呼ばれる顔です。能面では生成、般若、真蛇(しんじゃ)と呼び分けるので、名前が少し違います。段階の違いそのものは別記事「般若の面の意味とは?」にまとめてあります。現代の図案では、青や紫の般若も彫られています。

蛇、桜、紅葉、牡丹。組み合わせる図案の意味

和彫りでは、主役の図案の周りに花や波を添える化粧彫りと、雲や風の額彫りで全体をつなぎます。般若と組む図案には、それぞれ理由があります。

  • 蛇:『道成寺』の清姫が嫉妬の末に大蛇になる物語から、般若と最もよく組む図案です。蛇そのものは脱皮から不死と再生を表し、白蛇は幸運の象徴でもあります。般若に蛇を巻きつけると、嫉妬に囚われた物語を一枚で語れます
  • 桜:散る花で無常を表します。嫉妬の激しさと、それが過ぎ去ることを並べる組み合わせです
  • 紅葉:諸行無常、生と死、再生の意味を持ち、彫物の伝統的な添え物です。『黒塚』の鬼女が奥州の山に住むことから、黒般若と紅葉は相性のよい組み合わせです
  • 牡丹:中国で「花の王」と呼ばれ、富と名誉を表します。般若の暗さに対して明るい側を置く、対比の役目を持ちます
  • 美人:鬼になる前の女性を般若の横に置き、一枚の中で変化の前後を描く構図です

海外で「hannya tattoo」が選ばれる理由

般若は、海外の彫師のサイトでも「Japanese tattoo」の定番として説明されています。きっかけの一つは、横浜の三代目彫よしです。1980年代半ばからアメリカの彫師ドン・エド・ハーディーと交流し、海外からの弟子を受け入れ、2012年にはロンドンのサマセット・ハウスで展覧会が開かれました。弟子たちが日本、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアで和彫りを続けたことで、般若の図案も一緒に広まりました。

海外の彫師の説明を読むと、般若を選ぶ理由は日本とほぼ同じで、嫉妬と悲しみの物語、魔除け、苦しみを乗り越えた印、の三つに集約されます。違いは、能を知らずに図案から入る人が多い点です。日本の裏社会を描いたゲームの登場人物の背中の般若のように、現代の作品を通して般若を知る人も増えました。だからこそ、海外の彫師のサイトは「般若は悪魔ではない」「女性限定ではない」と、誤解を一つずつ正す書き方をしています。

よくある質問

般若の刺青は縁起が悪いですか

嫉妬の鬼という一面だけを見ればそう読めますが、彫師の説明では魔除けと戒めの図案として扱われています。能面の般若が怒りと悲しみを一つの顔に持つことを踏まえると、縁起の良し悪しより、何を背負う図案かで選ぶものです。

女性が般若を入れる意味は何ですか

般若は女性の顔なので、女性が入れる場合は自分の感情の肖像に近くなります。嫉妬や怒りを経験したうえでそれを抱えて生きる、という読み方です。図案に性別の決まりはなく、海外の彫師のサイトも「女性限定」という見方を誤解として退けています。

赤般若と白般若、どちらを選べばいいですか

怒りの盛りを前に出すなら赤、気品と悲しみを残すなら白です。和彫りでは赤が多く、白は手彫りで治ったあとに強く発色するので、面の白を活かした図案は肌から浮き上がって見えます。彫師と相談するときは、能のどの演目の般若かを伝えると話が早く進みます。

般若と鬼の面の図案はどう違いますか

鬼の面は怒りだけの顔で、般若は怒りと悲しみが同居する女性の顔です。見分け方は眉と目で、般若には女性の眉と、金属のように光る目があります。鬼には角と牙があっても、この眉はありません。

仮面屋おもての店内

仮面屋おもてで実物を見る

能面・狂言面は店頭での販売とお取り寄せを行っています。詳しくは能面・狂言面の販売・お取り寄せをご覧ください。店頭の面はすべて試着でき、着けたまま写真を撮っていただいても構いません。

  • 場所 東京都墨田区京島3-20-5(キラキラ橘商店街)/京成曳舟駅から徒歩(道順)
  • 営業 土日のみ 13:00〜18:00
  • 通販 遠方の方は国内向けオンラインストアから

参考にした資料